大橋正明出版記念パーティー&第3回シンポジウム
2001年11月23日、当会副代表の大橋正明の出版記念パーティーとサマンバヤ・アシュラム卒業生を招いたシンポジウムを行います。
サマンバヤ・アシュラムの挑戦とその成果
アシュラム卒業生たち、彼らはアシュラムでどのように育ち、
そして社会でどのように大人になったのか
| 日 時: | 2001年11月23日(祝日) |
| 第1部: 午後2時00分〜4時00分 | |
| 第2部: 午後5時00分〜7時30分 | |
| 場 所: | 早稲田奉仕園小ホール(奉仕園会館地下1階) |
| 新宿区西早稲田2-3-1 | |
| 電 話: | 03-3205-5411 |
| 最寄り駅: | JR山の手線「高田馬場駅」より早大正門前行きバスで「西早稲田 」下車 徒歩2分 |
| 営団地下鉄東西線「早稲田」駅下車 徒歩2分 | |
| 講 師 : | 大橋 正明(当会副代表、恵泉女学園大学教授) |
| パネラー: | バレシュワール・ジョーティ夫妻(サマンバヤ・アシュラム卒業生) |
| 参加費 : | 第1部のシンポジウムは無料 |
| 第2部は10,000円(大橋正明の本、パーティー費用を含む)、学生は3,000円 | |
| 問合せ先: | サマンバヤの会 |
| 本 部 電話:045-481-2717 FAX:045-481-0158 | |
| 東京事務所 電話:03-3815-3035(東大教育研究所内・木村、西村宛) FAX:03-3818-1219 | |
| E-mail kimura@ratio.co.jp | |
企画の内容
当会副代表の大橋正明の長年にわたる調査の結果が本になります。その名も「『不可触民』と教育 −インド・ガンディー主義者による農地改革とブイヤーンの人々−」。
サマンバヤ・アシュラムが創設されてから47年。そこで子どもたちを養育し始めてからはおよそ25年が経過しました。この間、アシュラムで多くの貧しいこどもたちが育っていきました。そして今なお、ビハール州各地でサマンバヤ・アシュラムの教育が行われています。ある面、これは大いなる成功といえるでしょう。しかし、よい面ばかりではありません。アシュラムの教育水準の問題、子どもたちを養育して村に返す原則だったアシュラムでは卒業証書を発行していません。この結果、多くの子どもたちが社会的な差別に合い、苦労することになるのです。
果たしてサマンバヤ・アシュラムの実験は成功したといえるのでしょうか。大橋正明が初めてアシュラムを訪れた時の子どもたちは今や成人し、立派な大人になっています。大橋正明は幾度となくインドに足を運び、この卒業生たちにインタビューしてまわりました。このインタビューは現在の管理責任者、ドワルコ・スンドラニ氏まで丹念に根気よく行われたのです。
その果てしない調査の成果が今回出版する本なのです。この出版を機に、アシュラムの卒業生同士の夫婦を招きます。彼らの当時の様子と現在までの苦労、そして、彼らが現在、何をやろうとしているのか。この出版記念パーティーの席上できっと明らかになるでしょう。
インドに関心のある方、貧困問題を研究している方などに是非、聞いていただきたいイベントです。多くの方のご来場をお待ちしております。

大橋 正明(おおはし まさあき)
1953年、東京に生まれる。
早稲田大学政経学部卒業。
1978年、須田 沃、寺田 文男らとともにサマンバヤの会を設立。その後1年間インドへ留学。バングラデシュで農村「開発」プロジェクトを実施している「シャプラニール 市民による海外協力の会」の現地駐在員及び事務局長を務めた後、コーネル大学留学。その後、赤十字・赤新月社連盟の派遣員を経て現在、恵泉女学園大学教授。
共著:NGO大国インド 明石書店,1997年
バレシュワール・プラサド 経歴
1968年 サマンバヤ・アシュラム バッガ・スクールに入学
1974年1月〜 サマンバヤ・アシュラムが主に新設したロードウェイ・スクールに移る。
1975年12月 ロードウェイ・スクールを卒業。
1976年6月 ブラザース・オール・メン(仏NGO)でスタッフとして農業を教える。
1977年7月 ドワルコ氏の勧めで、ガンジー生誕の地グジャラート州で研修を受ける。
1978年 ロードウェイに戻り、サマンバヤ・アシュラムのスタッフとなる。
1980年4月 ジョーティ(第2期卒業生)と結婚、彼女もアシュラムのスタッフとなる。
1983年 PGSSというNGOを設立。
1983〜89年 ドワルコ氏と活動方針の考え方による違いから関係が悪化し、アシュラムから追放される。
1985〜87年 ロードウェイ周辺を拠点に活動、子どもには学校を開き、大人向けには意識を高める教育を与える。
1987年 外国からの資金援助を受けられる許可を受ける。
1988〜89年 OXFAM(英NGO)から援助を受ける。
1989年 サマンバヤ・アシュラムはロードウェイ・スクールから撤退し、その土地・建物をブーダン委員会。90年以降、バレシュワール氏がその土地・建物を借用し、95年、村のコミュニティ名義で寄贈された。
1990〜92年 資金源がなくなって活動が中断され、彼は農業を、妻ジョーティは保母や裁縫をして生活する。
1993年 以降、インド内外のNGOよりサポートを受けて断続的ながら活動を続けている。
ジョーティ 経歴
1965年生まれ(推定)
1971年 サマンバヤ・アシュラム バッガ・スクールに入学。
1976年 サマンバヤ・アシュラム ブダガヤ・スクールに移る(バッガ・スクールから女子をブダガヤ・スクールに移した)。
1980年4月 7歳年上のバレシュワールと結婚。スクールを卒業(第2期卒業生)。
1985年 政府の保育園での保母の仕事を得る。以降、夫の活動組織であるPGSSが忙しい時はスタッフとして活動をしている。
2人の間には3男2女がいて、それぞれ学校教育を受けさせている。
1963年頃、ビハール州ガヤ県モハンプール郡ジャラーヒー村に生まれる。現在は
ガヤ県ブッダガヤ町在住。サマンバヤ・アシュラムのバッガスクールを出た後
に苦学して高校を卒業。複数のNGOのスタッフとして働いた後、数年前から、仏陀教育協会(Buddha Education Society)というNGOの職員として活動、同時に「人生の灯り(ジーバン・ディープ=Jeevan Deep)というNGOを自ら興して活動を行う。
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サマンバヤの会
THE GROUP OF SAMANWAY, JAPAN
for Education to Every Child