サマンバヤの会来歴
1978年(昭和53年)
| 6月 | サマンバヤの会発足 |
| 世話人:須田沃、大橋正明、寺田文男。代表を大橋正明とする。 | |
| 夏〜秋 | 古着をインドへ送る計画実施。(ダンボール箱26箱+8箱を発送) |
| 現地からは郵送料に相当するお金の方がよいと言われ、以後お金の送金に切り替える。 | |
| 6〜7月 | サマンバヤ・アシュラムのドワルコ=スンドラニ氏来日。7月の東京での日程をサマンバヤの会がエスコート。 |
| 8月 | 大橋正明、インド留学の為、代表世話人を須田沃へ交代。 |
| 11月現在 | サマンバヤ・アシュラムへ資金援助をしている里親13名。 |
| 7月 | 代表世話人を須田沃から寺田文男へ交代。(里親18名となる。) |
| 10月5日 | サマンバヤの会の集い開催。 |
| 春 | 東京農業大学アジアアフリカ研究会学生からのアシュラム報告。 |
| 1980年〜1983年にかけて里親の5年間の任期が次々と切れる。 | |
| 里親はこのとき2名まで減少する。 | |
| 夏 | 「インドに光を」の準備会などを経て、会の拡大に努め、里親は21名まで増える。 |
| 10月 | 日比谷公園で行われた国際協力フェスティバルに参加。里親及びボランティアの募集を呼び 掛ける。 |
| 8月27日 〜9月8日 |
第1次インド調査隊として3名を派遣。(大橋憲三氏、寺田文男、木村裕文) |
| サマンバヤ・アシュラムの現状の調査を写真とビデオ、テープで収録。 | |
| デリーでは日本大使館の案内でサフダルジャン病院を見学。 | |
| 1月15日 | 総会の場で代表に寺田文男、副代表に須田沃と、初代世話人代表で恵泉女学園大学で教鞭を執る傍ら国際協力活動の前線で活躍している大橋正明、そして事務局に木村裕文という体制を承認する。 |
| 2月17日 〜3月17日 |
東京農業大学の学生が第2次調査隊としてサマンバヤ・アシュラムに滞在。農業実習も兼ねて数多くの記録を持ち帰る。(菅野彰文、竹内真友、佐藤尚子、金子友美) |
サマンバヤの会呼び掛け人
井口 弘(株式会社ラティオインターナショナル代表取締役)
石井 彰(放送作家・ディレクター)
石毛 栄典(株式会社トランスフォーマー代表取締役)
大橋 憲三(東大教育研究所理事長)
大橋 正明(恵泉女学園大学教授)
かとうえいじ(画家・小説家)
小池 正春(ジャーナリスト)
塩崎 恭久(自由民主党衆議院議員)
篠塚 順(D-Lifhts代表取締役)
白石昌二朗(情報環境デザイン株式会社代表取締役)
高橋 孝輝(サイエンスライター)
塚原 東吾(神戸大学助教授)
村尾 望(社団法人中央調査社)
村尾知恵子(市民平和訴訟の会・九条の会
渡辺 保雄(保険くらぶ)
渡辺 裕(信州大学経済学部教授)
(敬称略五十音順)
サマンバヤの会
THE GROUP OF SAMANWAY, JAPAN
for Education to Every Child